episode10-1
29歳の徹マン
千葉ちゃんはハマリ症である。
いとも簡単にハマり、ハマったら最後、中々抜け出せない。嫌になるまで続ける性質である。
例えば食べ物を例にあげると、昔カルボナーラにハマった時は、毎日のようにカルボナーラを食べた。色んなレストランで食べた。
数ヶ月間、飽きるまで食べ続け、その結果、かなり太った。確かカルボナーラから卒業した理由は、あいのりにカルボナーラいという名前の男性が出て来て、千葉ちゃんのタイプではなかったからだったと記憶している。
最近は、焼きうどんにハマっている。
週に三回は焼うどんである。おかげで少し痩せたが、栄養面が心配だ。焼うどんに代わる何かを見つけなければ、きっと千葉ちゃんの二十九歳最後の夜は焼うどんになってしまうだろう。なんだかそれは嫌な気がする。
そしてそんな千葉ちゃんがハマってしまい、中々抜け出せない遊びが『麻雀』である。
元々千葉ちゃんはテーブルゲームやパズルゲームの類が大好きである。
一時期はオセロにハマり、日本オセロ連盟に加入しようかと真剣に考えた程だ。
けれど結局加盟には至らなかった。その前に飽きたからである。
しかし麻雀に関して言えば、ここ数年ほど定期的に続けている。
二十代前半の頃は徹夜でしたことも何度かあったが、最近は体力が持たないので、雀荘に行くのは一ヶ月に一回くらいで、長くやっても六時間程である。
けれど、原稿を書いている途中にどうしても麻雀がやりたくなると、オンライン麻雀に走ってしまう。そういう時は大体負けて、その後は原稿を書く気分じゃなくなり不貞寝をするのだ。
昔オセロにハマっていた時に買ったオセロハウツー本に『オセロは人生そのものである』と書いてあり、「確かに!」と千葉ちゃんは手を叩いた。
途中どんなに自分の駒が少なくとも、最終的に多ければ勝ち。何処に駒を置くかによって、ゲームの流れがまるで違うものになるのである。
いくらでも逆転のチャンスはある。自分次第である。
確かにオセロには人生に繋がる何かがあるように思う。
しかし千葉ちゃんは思う。
『麻雀』こそが人生だと。
だって、牌を積って牌を切る。どの牌を捨てるか、ポンチーするか、たったひとつの選択によって役が全然違うものになり、途中の積り具合によっては、自分が想定していた役とは全く違うものになるのである。
人生だって似たようなものだ。
今日は餃子を作るぞ、と意気込んで西友に行ったとしても、ひき肉よりも豚バラが安ければきっと晩ご飯は生姜焼きに変更になるし、生姜が売切れだったら豚キムチになるかもしれない。そしてその豚キムチが滅茶苦茶美味しくって、ひき肉が高くて良かったと思うかもしれないのだ。
今日は絶対に原稿を書き上げるぞ、と心に決めていたとしても、やたらテレビ番組が気になったり、続けざまに電話が鳴ったりして、ページが進まないことがある。締切はとっくに超えてしまい、自己嫌悪を抱きつつも朝方までかかり原稿を書きあげたら、「面白かったです」とプロデューサーからお褒めの言葉を貰ったりする。当初の予定とはずれてしまったが、結果良ければ全てよしである。
麻雀も同じなのである。
当初予想していた役と違った役になったとしても、アガレれば良いのである。
麻雀と人生にはリンクすることが多い。
運と実力、それに想像力とセンスを兼ね備えなければ、麻雀(人生)には勝てないのである。
