エピソード

episode19-1 29歳、最後の夏休み(前編)


八月の某平日・午前六時半。
まだ出勤の会社員も殆どおらず、閑散とした東京駅八重洲中央口に、千葉ちゃんはやって来た。
ポロシャツに短パンにスニーカー。背中には大きなリュックサック。おまけに化粧は殆どしておらず、二十九歳の女性というよりは、九歳の少年という様な格好である。まことに千代田区には不釣り合いな姿である。
でもいいのだ。どうせ服は脱ぐし、化粧は落ちるのだ。
千葉ちゃん達御一行様は、群馬県の利根川でラフティングをするために東京駅に集合したのだった。
待合わせ場所であるヤンマービルの前に到着すると、日本語教師Mちゃんが大きく手を振った。
Mちゃんは木綿のワンピを一枚だけ来て、ペッタンコのサンダルをはいていた。ワンピの首元から水着が見える。そして背中に大きなリュックサック。
千葉ちゃんはMちゃんのこういうところが好きである。
どうせ水着になるんだから楽ちんな服がいい。どうせ水に濡れて落ちるんだから化粧する必要がない。要領が良いというか、ズボラなところが千葉ちゃんとMちゃんはそっくりである。
さて、本日のメンバーは独身女性五名(内三人彼氏なし)。
まずはMちゃん、それからMちゃんの小学校時代からの友達Yちゃん、Yちゃんの同僚のYさんとSちゃんである。
出発時間ギリギリにやって来た三人は、まるで『合コン行っちゃいます!』という程の、バッチリメイクに、オシャレに重ね着をし、財布と携帯を入れればいっぱいになってしまう程小さなバックを持っていた。
三人は、大手航空会社でグランドホステスをしている。羽田空港で首にスカーフを巻いてテキパキと働いているのだ。やっぱり普段からスキのない制服を着ていると、プライベートの格好もちゃんとするようだ。千葉ちゃんは家で原稿を書く時、ピラピラの短パンによれたTシャツだ。故にプライベートでも適当になってしまう。
千葉ちゃんは深く反省した。もうすぐ三十、つまり色気で勝負をする年齢を迎えるということ。グランドホステスのレディ達を見習わなくては。
もしも今度リゾートに行くことがあれば、髪をクルクルに巻いて、ピンヒールを履こうと誓った。

さて千葉ちゃん達御一行様を乗せたバスは、いくつかのパーキングエリアを越え、群馬県に突入した。
バスの中で少しでも寝られれば、と想っていたが、後ろに座る大学生グループがハシャギ過ぎており、結局一睡も出来なかった。体調は最悪である。
それでもバスを降りると、太陽が眩しく降り注ぎ、サラッとした風が肌を撫で、千葉ちゃん達のテンションは徐々に上がっていった。
緑生い茂る山の中に、まるで離島のマリンスポーツを扱っているロッジの様な建物。手作りの木の門をくぐると、敷地には、大量のウエットスーツや、ライフジャケットが干されている。そのアンマッチな光景が不思議である。

千葉ちゃんとMちゃんは、文字通り、着ている服を脱ぎ捨て、他の参加者達と利根川に向かった。

 

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