エピソード

episode20-1 29歳、最後の夏休み(後編)

楽しいハズのラフティングが、J氏のお陰で台無しである。
J氏の指示通りに一生懸命ボートを漕ぐ千葉ちゃん達を、J氏は奴隷の様に扱った。
時にはオールで大量の水を顔に浴びせ、時には川に落とそうと力強く押し、まるで苛められている気分だ。千葉ちゃんはドMではないので、ドSなJ氏の乱暴ぶりに快感を見出すことは出来ないでいた。

さてラフティングには絶対に守らなければならない事がいくつかあり、その内のひとつが『いかなる時もTポットを離してはいけない』ということである。
Tポットとは、オールの先端のこと。先端が持ちやすい様にアルファベットのTの形をしており、乗組員は漕ぐときはもちろん、川に落ちてもTポットを離してはいけないのだ。
しかし繰り返すが、千葉ちゃん達はラフティング初心者。
ふと気を抜いた時に、Tポットを離してしまうことだってある。
J氏の命令通り、一生懸命ボートを漕いだ結果、千葉ちゃんの水着は、どんどんと食い込んでしまい、もう少しでTバック状態になってしまいそうだった。女子として、それは何とか食い止めなければいけないじゃないか。千葉ちゃんは無意識にTポットから手を離し、Tバックを食い止めようとした。
するとあっという間にオールは川にのみ込まれ、危うくオールが川に流れて行きそうにになった。
それを見ていたJ氏。
「Tポット離すなぁぁぁ!」
 渓谷に怒声が響き渡る。
「すすす、すみません!」
 泣きそうな顔で謝る千葉ちゃんに、J氏は得意の舌打ちをしながら文句を言った。千葉ちゃんはTバックを阻止することを諦めざるを得なかった。

幾つかの岩場を下り、一番大きな激流スポットに差し掛かった時のことである。ボートが大きく揺れ、白く渦巻いている川の水を浴び、悲鳴を上げながら下った。すると何と一番前に乗っていたカップルの男性が、ボートから落下し、岩場に体を打ちつけたではないか。ボートは男性不在のまま下ってゆく。後ろを見ると、男性は必死に岩場に捕まっている。
J氏は「あーあ、落ちちゃった」と何でもないことの様に言い、ボートを止め、男性に向かって叫んだ。
「飛び込め!」
千葉ちゃんは自分の耳を疑った。飛び込むの? こんな激流を? 
水の音でJ氏の声が聞こえなかったのか、それとも流されることに恐怖を感じたのか、男性は岩から手を離せない。J氏のイライラはピークに達した。
「早くしろよ! 時間ないんだからぁぁぁ!」
男性はようやく岩から手を離し、J氏のボートに流されて来た。
彼女は心配そうに見ていた。彼氏の面目は丸つぶれである。
千葉ちゃんは想像した。千葉ちゃんがもしも彼氏とラフティングに行って、J氏に罵倒されたら……果たして千葉ちゃんはその時、何と声をかけてあげればいいのか……?
かける言葉が思い浮かばない。
千葉ちゃんは決めた。彼氏が出来ても絶対にラフティングをしないと!

 

 

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