エピソード

episode5-1
29歳のバレンタインデー

二月十四日はバレンタインデーである。
普段甘いものを好んで食べない千葉ちゃんは、チョコレートには興味がないが、愛の告白には興味津々である。
実は以前千葉ちゃんはシュチュエーションアドバイザーと呼ばれていた。
片思いの相手と距離を縮めたい人に、ドラマチックなシュチュエーションや台詞を考え、アドバイスしていたのだ。
そう、千葉ちゃんは自他共に認める恋愛コーディネーターだったのである。
そして自らも意中の人にあの手この手を使い、狙った獲物は逃がさなかった。飛ぶ鳥落とす勢いの、まさに名ハンターであった。
しかし、それはもう遠い過去の話である。

最近よく「だって出会いがないんだもん」と嘆いている女性がいるが、千葉ちゃんに言わせれば出会いなんてそこらじゅうにある。
普通に街を歩いていれば、数十人の男性とすれ違うし、カフェ入れば男性スタッフがいる。男性のお客さんもいる。何もナンパを推奨しているワケではない。
けれど『出会い』は確かにある。
毎日ある。
駅かもしれないし、スーパーかもしれない。本屋かもしれないし、居酒屋かもしれない。
だから『出会い』がないなんて言わないで、まずは出会いがあることを自覚しすることが大切である。
そしてそれを恋に発展させるには、少しの勇気とドラマが必要なのである。

例えば、上京したての千葉ちゃんが某ハンバーガーショップで働いていた頃の話である。
その人は週に三回ほど来る常連さんだった。坊主頭にトートバックを持っていた。千葉ちゃんはその人の優しい雰囲気と、メニューのチョイスに好感を持った。
けれど所詮は店員と客。お互い顔は知っているが、会話をしたことはない。週に三回、たった数十秒、カウンター越しに向い合う関係である。恋愛に発展するのは難しい。しかも夜のレストランならまだしも、朝のハンバーガー屋である。
けれど行動する前に諦める千葉ちゃんではない。
千葉ちゃんはある朝ツカツカと彼のもとへ歩み寄った。ホットコーヒーをすする彼に突然話しかけ、愛情たっぷりのメッセージを手渡した。
いま考えても勇気ある行動である。
その彼からメールが来たのは二日後のことだった。
二日間、気が気じゃなかった千葉ちゃんが、メールを受取った時の喜びと言ったら、駅から家までスキップして帰ったほどである。彼のメールには「僕の名前は○○××です」と書かれていた。
その時、名前も知らない人とも恋が出来ることを知ったのである。

それから数週間後、千葉ちゃんは彼と付き合うことになった。
正真正銘、実際にあった話である。
『出会い』を無駄にしてはいけない。
それが単にその場限りの出会いなのか、それともこれからも繋がる大切な出会いなのかを決めるのは、神様じゃない。千葉ちゃんだ。

 

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