エピソード

episode9-2
29歳、サクラサク

千葉ちゃんが向かった先は地元の駅にあるEカフェである。
原稿を書いてから、花見へ参加する予定である。
いつも通りアイスティSサイズを飲みながら、集中して原稿を書いていると、隣の席に座った男の子(推定22歳・大学生)がモゴモゴと話しかけてきた。明らかに千葉ちゃんに向かって何かを言っているのだが、余りにも小さな声で聞き取れなかった。千葉ちゃんが耳を寄せて聞き返すと、男の子は恐縮そうに言った。

「ライター貸してもらえますか」
どうやら忘れたらしい。千葉ちゃんはいつもライターを忘れるとカウンターでマッチを貰う。知らない人にライターを借りるなんて、中々勇気のある人だなと思いつつ、二つ持っていた内の一つを渡した。
そして何もなかったかのように原稿に目を戻した。
実はその時、『千葉ちゃん上京物語』を書いていた。ちょうどユニクロ札幌コスモ店の辺りを書いており、胸の中は懐かしさでいっぱいだった。

すると男の子がまた話しかけてきた。
「レポートか何かですか?」
普段の千葉ちゃんなら「それって、千葉ちゃんが大学生に見えるってことですか❤しかもナンパしてます?ふふふ」と嬉しくなっていただろうが、懐かしさに浸っている今の千葉ちゃんには迷惑以外の何物でもなかった。
「いえ……仕事の様なものです」
冷たい返答。
男の子は会話を続けようとしていたが、千葉ちゃんはキーボートをマッハで打ちまくり、それを阻止した。男の子はしょんぼりと大人しくなった。

千葉ちゃんが「短すぎたカーテン」のあたりを書いていた時である。
「それって小説ですか?」
千葉ちゃんは体ごと男の子の方を向いた。首が痛くて回せないからである。男の子は若干ギョッとしていた。なぜなら千葉ちゃんの目には涙が溜まっていたからである。
「そんなようなものです」
本当は小説じゃなくて、リアルなエッセイなんだけど、自分のエッセイを書いて涙を流すライターってのも気味が悪いので、小説ってことにしておいた。その後、男の子は話しかけてこなかった。どうやら千葉ちゃんの涙にドン引きしたようだ。
そして千葉ちゃんが『上京物語』を書き終えた頃には、既に男の子の姿はなかった。千葉ちゃんが貸してあげた百円ライターだけが、ポツンとテーブルに残されていた。

 

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